ロードスターの後部に焼き芋台がつけられている=横浜市西区
「バチバチバチ……」。イルミネーションがきらめく横浜みなとみらいに、たき火の音が響き、甘くこうばしい香りが漂う。その香りをたどるとそこには人だかりがあり、中心には「やきいも」の文字が刻まれた旗をはためかせる1台の真っ赤なオープンカーがあった。
2016年に「世界カー・オブ・ザ・イヤー」と「世界カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー」を史上初めてダブル受賞した「マツダ・ロードスター」。その3代目モデルの「NC」だった。
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焼き芋を売るのは井上昌さん(27)。「何かおもしろいことがしたい」。昨年夏ごろから愛車の改造や焼き芋作りの勉強に取りかかり、今年1月2日から横浜を中心に販売を始めた。
準備はすべてゼロから。まずは各地のブランドイモを取り寄せて食べ比べた。甘いもの、ほくほくしたもの、それぞれに適した焼き方をインターネットで調べ、自分の好みの味を追い求める。
たどり着いたのは、「ベタベタな甘いもの」。
品種は「紅あずま」に定め、おいしいイモの焼き方も分かったところで路上に出た。ただ、そこでも苦労があった。
おいしく作るコツは、低温でゆっくり火を通すことだという。実行すれば焼き上がるまでに2~3時間かかることもある。ロードスターは2人乗りの小さいスポーツカー。焼き芋台は、軽トラの荷台に載せている一般的なものの半分ほどしかない。お客さんを寒空の下、何時間も待たせることになる。
もともとは「自分が楽しめればいい」と始めたが、待っているお客さんの顔をみているとそうもいかない。「それに、いろいろなお客さんに会いたいと思って」。おいしく、早く。味とのバランスをとりながらいまでは30~40分ほどで焼くようになった。
うわさはSNSなどを通じて広がり、関西からも足を運んでくる人がいるという。
「なんでオープンカーで焼き芋を?」「ロードスター、いいですよね」。取材中、行列のお客さんたちの会話が途切れることはなかった。みんな楽しく凍えながら焼き上がるのを待ち、かじかんだ指先を温めながら一気にイモにかぶりつく。
ツイッターで知ったという欠ノ下(かけのした)元さん(28)は、東京都足立区から「一目見たくて」と、愛車で1時間ほどかけてやってきた。愛車は4代目マツダ・ロードスターがベースの「アバルト124スパイダー」。他にも、ロードスターに乗って訪れる人を見かけた。
地の利もあるようだ。近くにある高速道路の大黒パーキングエリアは、クルマ好きが集まり、愛車自慢や情報交換をする聖地。横浜市の菅原崇博さん(26)は知人と、愛車の「メルセデスAMG C63」で訪れた。「この時期はとにかく寒い。大黒ではみんなが焼き芋のうわさをしている」。菅原さんは、集まった車好きとひとしきりクルマ談議に花を咲かせ、焼き芋をほおばって帰っていった。
いま井上さんが目指しているのは「オール横浜産」の石焼き芋だ。石はすでに横浜のものを使っており、イモもロードスターのオーナーつながりで横浜の生産者から仕入れるめどがたった。あとはまきだ。「常連さんもできてきた。軽い気持ちで始めたけど、みんなで集まり続けられる場になればいい」と話す。
焼き芋は小と大があり、小は300円、大は600~千円ほど。出没場所や時間はツイッター「えるろこロド芋!『鬼いちゃん』」 「@EL_Loco2018」(
https://twitter.com/EL_Loco2018
)で告知している。(神沢和敬)