「帝鑑図・褒奨守令」の復元模写。ふすま絵4面のうちの主題部分(名古屋城総合事務所提供)
名古屋城本丸御殿障壁画。国の重要文化財になっている1047面の中でも、将軍家御用絵師の狩野探幽による水墨画は有名だ。このほど完成した上洛殿(じょうらくでん)で、その代表作である「帝鑑図」などの復元模写が公開された。
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上洛殿は表書院や対面所を過ぎた先にある。最初の本丸御殿が完成した後、京都に上る三代将軍家光のために増築された。
水墨画は三之間から。雪が積もる梅の木にキジが1羽、尻尾を残して切り取られた部分を補筆した「雪中梅竹鳥図」がある。滝のしぶきを避けてサギが飛ぶのは「芦鷺(ろろ)瀑辺松樹図」だ。次は二之間。碁や琴を楽しむ文人たちを描いた「琴棋(きんき)書画図」がある。
「帝鑑図」はこの隣、上洛殿の中でも最高格式の上段之間と一之間に配置されている。昔の中国の皇帝の善政や悪政を題材に、為政者の模範として描かれた8タイトル29面が、すべて復元された。
大半は襖(ふすま)絵だ。ただし、来館者への配慮から、両部屋を見通せるように仕切り襖や廊下の襖を開けているために画面が重なり、一部しか見えない絵が多い。全体が見えるのは、床の間の壁に貼られた「遺倖謝相(いこうしゃそう)」(まじめな家臣の意見を聞き入れ怠惰な寵臣を罰する話)、襖絵では「褒奨守令(ほうしょうしゅれい)」(優れた地方官を惜しみなく厚遇する話)だけだ。
せめて仕切り襖だけでも閉めてもらえれば、その表裏に描かれた「露台惜費(ろだいせきひ)」(浪費に気づいて展望台建設を中止する話)と「明弁詐書(めいべんさしょ)」(忠臣をおとしめる策謀を見抜く話)が見えるようになるのだが……。
金地に虎や桜を描いた表書院のぴかぴかした絵や、人々の暮らしを多彩に描いた対面所の風俗図に比べると地味な感じがするが、豊かに広がる金銀の砂子、建物や人物を彩る緑、青、白が鮮やかに復活して見応えがある。
空襲で焼失するまで本丸御殿にあった障壁画は襖絵・天井板絵・杉戸絵など1300余面。名古屋市はほぼ全部の復元をめざす。
復元模写を指導しているのは名古屋出身の加藤純子さん(69)。「源氏物語絵巻」など多くの国宝や重要文化財を復元してきた古典模写の第一人者だ。
「上洛殿ほど探幽の水墨画が集まっていた場所はほかにない。水墨画の復元模写には独特の難しさがある。しかも、ここにあるのは探幽が個性を開花させた32~33歳の作品群。高いハードルを越えて自分たちの制作水準を確認できたことに満足している」
「同じ顔料、同じ料紙、同じ技法。紙は中国の竹宣紙をすき直した。しかし、そんなことは当たり前。最も大切なのは、作家の心を模写することだと考えている」
「いま3分の2あたり。あと10年はかかると思う。華のある絵がまだまだ残っている」
双眼鏡を持参すると絵の細部が見えて楽しめる。図録「本丸御殿の至宝 重要文化財 名古屋城障壁画」(名古屋城総合事務所編集)は格好の参考書だ。めったに公開されない昔の障壁画と復元された障壁画を見比べることができる。1冊1800円。城内売店で購入できる。(佐藤雄二)