障害のある人と地域の懸け橋になってきた岡山県倉敷市真備(まび)町のビール醸造所が、豪雨災害に襲われた。「まちと一緒に、もう一度立ち上がる」。泥だらけの工房を前に、運営するNPO法人の職員たちは再起を誓い、歩みを始めた。支援の輪も広がっている。
真備町箭田(やた)の「岡山マインド こころ」が運営する「真備竹林麦酒醸造所」。醸造責任者の守屋寛人さん(42)は工房の清掃作業に追われていた。高圧洗浄機で床の泥は洗い流したが、麦汁を煮沸する釜や発酵タンクが水につかった。「先は長いけどビール造りの灯は絶やさない」と笑った。
「こころ」はグループホームと作業所を営み、約20人の精神障害者を支える。代表理事の多田伸志(しんじ)さん(57)が、就労支援のため事務所隣に醸造所を構えたのが2011年。障害者らは瓶にラベルを貼ったり、たらいで麦芽をもんだりする作業に携わった。週末に開く併設のレストランで接客もし、地域の人たちでにぎわった。
無濾過(ろか)・非加熱のビールは評判を呼び、JRの観光列車やキヨスクで売られるように。さらに地元色を打ち出したいと、市内にある岡山大の研究所が開発した大麦を近隣農家に育ててもらい、原料にする新ビールのプロジェクトが昨年始動。米国製の機械を入れたプラントも約6千万円かけて整備し、この7月に初出荷を控えていた。
それが、豪雨で暗転した。7日朝、多田さんは足ひれを付けて濁流を泳ぎ、グループホームなどに取り残された障害者を救出。水が引いた翌日、醸造所に入ると一面茶色い泥に覆われ、たるやテーブルがひっくり返っていた。プラントも水没した。
途方に暮れるなか、多田さんの携帯電話が鳴った。「集めた募金、受け取ってくれるじゃろか」。声の主は、ビール造りを指南し、岡山市で地ビール工房を手がける永原敬(さとし)さんだった。障害者施設で地元産のビール造りに打ち込む志を絶やしてはいけないと、既にSNSなどで募金を呼びかけていた。胸がいっぱいになり、「ありがとう」としか返せなかった。
地域の人々の顔も浮かんだ。障害者に「ビールおいしかったよ」と声をかけてもらい、行き会えば普通にあいさつができるようになった。ビールが障害者と地域をつないできた。前を向き、再建を決めた。
まちの復興へ向け、多田さんは今、災害ごみを運び出すボランティアと住民を仲介している。守屋さんは再開後を見据え、イベント出店の打ち合わせを重ねる。多田さんは「ビールとともに住民と障害者が隔てなく暮らせるまちに、真備町をもう一度作り上げたい」と話した。(桑原紀彦)