厚生労働省が各分野で卓越した技能を持つ人を表彰する「現代の名工」に、今年は150人が選ばれた。東京都八王子市で織物工場を営む沢井伸さん(68)は、IT大手の米グーグルも注目する織物職人。伝統の技を先端技術にも応用できる腕前が評価された。
古くから織物の生産が続く八王子市で、創業約120年の歴史を誇る沢井織物工場は、先染めで色をつけた数種類の絹糸を使い、織り方も5種類と多様な「多摩織」を生産している。1980年に、国の伝統的工芸品に指定された。
バブル経済が崩壊した90年代、主力の着物が売れなくなった。「受け継がれた技術も、顧客の需要がなければ途絶える」と考え、主力商品を着物からマフラーなどのファッション小物に切り替えた。
ほどなく、デザイン性の高さに有名ブランドが目をつけた。「時代を先取りする商品を」と難しい発注を受けたが、職人としての信条は「『できない』とは言わない」。苦労の末に生み出したマフラーはよく売れた。評判は業界に広まり、他のブランドからも依頼が殺到。有名ブランド10社以上のOEM(相手先ブランドでの生産)を引き受けるようになった。
評判は海外にも響き、2004年にはニューヨーク近代美術館が商品カタログの表紙に、同社製のマフラーの写真を採用した。
そして、グーグルとつながりのある企画会社が、その技術の応用力に注目。14年冬に「電気を通す糸」の開発を要請された。髪の毛より細い銅線がすでに開発されており、課題はその銅線にどうやって強度を持たせるかだった。
提案したのは、複数の糸を組み上げて強いひもにする「組みひも」の技術の応用だ。銅線の周りに何本もの化学繊維を組み合わせることで、銅線が切れにくくなった。この糸は、衣類の袖口にタッチパネルのような機能を持たせ、触るとスマートフォンを操作できる最先端の衣類に使われ、海外で市販されたという。
「流行を追いかけると二番煎じになる。オリジナルのもので勝負したい」。この道50年。仕事への意欲に衰えはない。(村上晃一)