アクリル板越しに姿を見せた日産自動車前会長のカルロス・ゴーンは黒いジャージーの上下を着ていた。
2月19日、東京・小菅の東京拘置所。会社法違反(特別背任)などの罪で起訴された後も勾留が続いていたゴーンを励まそうと、フランスから来日した40年来の旧友のフィリップが面会に訪れた。仏タイヤ大手ミシュランに同期入社した間柄。ともに24歳だった。週末はカードゲームに興じ、パーティーで夜を明かした。その後も家族ぐるみの付き合いを続けてきた。
高級スーツに身を包み、世界を飛び回っていたゴーンの様変わりした姿に、フィリップは「歯がゆく、悲しくなった」という。
昨年11月。電撃的に逮捕される10日前、ゴーンはフィリップに近況を尋ねる電話をかけてきた。フィリップがミシュランを退職したことに話が及ぶと、ゴーンはふと「私も次の仕事を探している」と漏らした。そのやりとりを覚えていたのだろう。心配そうに現れた旧友の姿を見るなり、ゴーンはこんなジョークを飛ばした。「ここがキミの次の職場かい?」
拘置所の職員2人が立ち会い、許されるのは英語の会話のみ。ゴーンは特異な状況に驚く友人をリラックスさせようとしたのかもしれない。フィリップは「カルロスは自分自身をコントロールできている」と感じた。
フィリップは、マイクル・コナリーやシュテファン・ツヴァイクの小説など20冊余りの本を差し入れ、フランスの約20人の友人から託されたメッセージを一つひとつ読み上げた。「(逮捕された)11月19日から私たちはあなたとともにいる」「あなたのもとで働き多くを学んだ」「あなたなら自らの無実を証明できると思っている」……。ゴーンは「ベリー、ベリー、ナイス」と相好を崩した。
ゴーンが日産社内で独裁体制を敷き、会社を「私物化」するような数々の疑惑が報じられたが、フィリップは「独裁者」のように日産に君臨したゴーンの姿がどうしても想像できない。
「カルロスは部下に自由にやらせる。部下はみな、彼をがっかりさせたくないと思う。一緒に仕事もしたが、彼が部下を罵倒した場面を見たことがないんだ」
フィリップは、逮捕直前に「次の仕事を探している」と漏らしたゴーンに思いを巡らせる。「カルロスは日産を早く去った方が幸せだった。信じていたのに裏切られたのだから」。そして、この先のゴーンをこう想像する。「カルロスは生粋のフランス人ではない。どんなネットワークにも属さず、様々な場所に住むのだろう。彼は自分がやりたいことのために他人の助けを必要としないんだ」
異国で商機つかんだ祖父
大西洋に面するブラジルの古都サルバドールから約150キロ南に位置する小さな街、イトゥベラ。中心部から数キロ南に、仏タイヤ大手ミシュランが長年運営にかかわってきたゴム農園がある。9千ヘクタールの広大な敷地を覆うように膨大なゴムの木が林立し、樹液が集められる一画には発酵の際に放たれる強烈な異臭が立ち込める。
日産自動車前会長のカルロス・ゴーンは1978年にミシュランに入社し、85年に南米事業を統括する経営トップとしてブラジルに赴任した。30歳だった。このゴム農園を何度か訪れている。
「カルロス・ゴーン? そんなヤツは知らない」
ここで40年以上働くアンドレ(60)は、記者の取材にけげんな表情を浮かべた。ゴーンの写真が載った当時のミシュランの社内報を見せると「この人、知ってる! 名前は何だ?」。
「カルロス・ゴーン・ビシャラ」とフルネームで伝えると、彼は叫んだ。
「そうだ。この人はビシャラだ! 俺たちはビシャラって呼んでたんだ!」
ゴーンの祖父ビシャラ・ゴーン…