杉本昌隆七段の「棋道愛楽」
名人への道 藤井聡太
杉本昌隆七段の棋道愛楽
早いもので、今年もいつの間にか12月です。師匠も走る師走ですが、私も棋士として、また藤井聡太七段の師匠として、いろいろな経験をさせてもらいました。
昨年は藤井七段の公式戦29連勝に沸いた将棋界でしたが、今年はどうだったでしょうか。
2月に羽生善治竜王が棋士では初の国民栄誉賞を受賞しました。ご自身の記録、そして将棋界への献上度には本当に頭が下がります。将棋界にとっても素晴らしい名誉な出来事でした。
棋戦では3月、佐藤天彦名人への挑戦を決めるA級順位戦最終局が大波乱。6勝4敗で6人が並ぶ史上初のプレーオフでした。ここを抜け出した羽生竜王と佐藤名人の七番勝負は、佐藤名人が4勝2敗で防衛。これで佐藤名人は「永世名人」まで残り2期です。
4月には将棋界で八つ目のタイトル戦に昇格した「叡王(えいおう)戦」が開幕しました。金井恒太六段と高見泰地七段の若手同士の対決は、高見七段が叡王に。新しいタイトルホルダーの誕生は、今の将棋界を象徴する出来事の一つでした。
愛知県出身の豊島将之二冠の充実ぶりも見逃せません。7月に羽生竜王を破って初タイトルとなる棋聖を奪取。9月には王位も獲得し、現在、将棋界で唯一の二冠。タイトルホルダーが7人いる戦国時代ですが、ここを抜け出し「豊島時代」が来る予感がします。
藤井七段は今年も大活躍でした。2月の名人戦の順位戦で、9連勝でC級1組に昇級。同時に五段昇段を決め、その半月後には朝日杯将棋オープン戦で優勝。ベスト8から佐藤名人、羽生竜王、広瀬章人八段を破っての優勝は見事でした。準決勝と決勝は東京での公開対局でしたが、「15歳の藤井五段の優勝を見たい」という独特の空気に満ちていました。
この優勝で六段。まだまだ快進撃は止まりません。5月には竜王戦5組で決勝に進出して七段に。1年で三つの昇段は、現行制度では史上初の快挙です。決勝は終盤で大駒の「飛車」を相手の「歩」と交換する大技を披露して勝利。AI(人工知能)ですら気がつかなかった読み。圧巻の大局観でした。10月には平成最後の新人王も獲得です。
インターネット番組では初の解説役を務めました。そつなく解説をこなし、合間のトークでは趣味の鉄道やパソコンの話も。見ている方も別の一面を垣間見たのではないでしょうか。とにかく藤井七段が何かをすれば話題になる。今さらですが、まだ高校1年生。棋士になって2年足らずですが、将棋界への貢献度たるや、羽生竜王に迫る勢いです。
終わりよければすべてよし。今年の対局も残すところ数局ですが、現在、私と藤井七段は順位戦C級1組で6戦全勝。12月18日に7戦目があります。順位戦は棋士の命をかけた戦いの場です。会社で例えるなら、同じ職場に自分の子どもや身内が入ってきた感覚でしょうか。
「弟子の前でみっともない仕事(対局)はできない」。こう思うだけで、普段より頑張れるものです。おかげで私も、対局に非常にやりがいを持てています。良い年を迎えるためにも残りの対局に全力を尽くします。
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すぎもと・まさたか 1968年、名古屋市生まれ。90年に四段に昇段し、2006年に七段。01年、第20回朝日オープン将棋選手権準優勝。藤井聡太七段の師匠でもある。