甲子園を訪れた漫画家のなきぼくろさん=7日午前、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場、越田省吾撮影
■甲子園観戦記
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入場行進と開会式、めっちゃ感動しました。13年前を思い出します。僕はPL学園の背番号9。練習した通り自然な感じで行進して、開会式でキョロキョロしてたらダルビッシュが見えました。
さあ開幕戦。佐久長聖の藤原監督はPLの先輩で、僕が甲子園に出たときの監督なんです。当時はまだ29歳で、「こうやって引きつけるんや」って監督が打ったらホームラン。「この人についていこう」って思いました。それと佐久長聖のセカンド鈴木貴士は、PLで僕と同学年のセカンド鈴木雄太の弟。あの小さかったタカシがどんなプレーするんやろ。うわ、ボールの捕り方が兄貴そっくりや。
懐かしいなあ。佐久長聖の応援団がPLの応援曲やってくれてる。これ聴くと、僕は「延長17回」を思い出します。1998年夏の準々決勝でPLが横浜に負けた試合です。僕は中1でした。あの強いPLの選手がユニホームを真っ黒にして戦ってんのが、めっちゃカッコよかった。絶対PLに入る。初めて目標ができました。
入学して先輩相手にバッティングピッチャーをするとき、「ぶつけたらアカン」と思ってたらイップスになった。1年の秋にキャッチャーから外野にコンバートされました。グラウンドは戦場やと思って、はいつくばるように頑張ってレギュラーになりました。
二回表。タカシの第1打席です。デッドボーーール。僕もあの夏の1回戦で当てられました。2回も。試合後にタクシーで病院へ行ったんですけど、汚いユニホームのままやったから、運転手さんにめっちゃ怒られました。
タカシはエラーもして、2三振。八回表の同点のチャンスに代打を出されました。1点差負け。悔しいやろなあ。でも、タカシありがとうな。甲子園で頑張る姿を、この目に焼き付けたで。
絵は得意でした。PLでも絵のおかげで先輩に覚えてもらえたり、気に入ってもらえたり。PLを卒業してイラストレーターになりました。そして3年前の初夢を信じて、漫画家になったんです。
「バトルスタディーズ」は“DL学園”野球部の物語です。僕がPLで経験したことがベースになってます。厳しい上下関係の中にある優しさや、強さは理由があるってのを伝えていきたいです。
いまだに信じられませんけど、PLは休部になりました。時間の使い方、気遣い、あいさつ……。PLで生きるすべを教えてもらいました。復活の日まで、僕は心を込めて漫画を描いていきます。(構成・篠原大輔)
〈なきぼくろ〉 漫画家。1985年、大阪府生まれ。PL学園高(大阪)では3年夏に9番右翼手で甲子園に出て、2試合で6打数無安打2死球。昨年1月から週刊モーニングで「バトルスタディーズ」を連載。