「註文の婿」草稿。「けれども、」とぷつりと終わる(神奈川近代文学館提供)
「さぶ」「樅ノ木は残った」などで知られる作家、山本周五郎(1903~1967)の未発表の草稿が確認された。周五郎が亡くなる1年半ほど前に当時の担当編集者に手渡したもので、編集者が2015年末に神奈川近代文学館(横浜市)に寄贈した。
内容を調査した文学館によると、草稿は「註文(ちゅうもん)の婿」という題の時代小説で、200字詰め原稿用紙44枚。周五郎自筆の作品目録にも記載がないという。寄贈したのは、雑誌「小説新潮」の元編集者、佐々木信雄さん(83)で、「これ、あげるよ」と渡された。周五郎はほかに何も言わなかったという。佐々木さんは体調を崩していた周五郎が身辺整理をしていたと考えている。
執筆時期は不明。タイトルや本文は丁寧に修正が入れられ、こよりでとじられていた。藩の要職を務める主人公が注文通りの養子を迎え、あこがれの楽隠居を始めるという内容で、物語は妾宅(しょうたく)の前で養子に声をかけられる場面で唐突に終わる。「……といふほどでもないけれども、」と読点で途切れている。
文芸評論家の清原康正さんは、本作を『日日(にちにち)平安』などの「こっけいもの」に位置づけ、「短編の最後のひとひねりに悩んだのか。結末を読めないのは残念だが、小説の転がし方などに山周節が感じられる。山周ならこう書くのでは、と想像するのは楽しい」。
草稿は16日発売の月刊誌「新潮45」(10月号)で活字で掲載されるほか、神奈川近代文学館の「没後50年 山本周五郎展」(30日~11月26日)で公開される。(中村真理子)