釜ケ崎中心部を北側から撮影した写真。木造の簡易宿泊所(ドヤ)があちこちに見える=1959年5月、「定点観測・釜ケ崎」から
大阪市西成区の釜ケ崎の移り変わりを定点観測した写真集が先月、出版された。編集したのは同区在住の写真家、中島敏(さとし)さん(70)。日雇い労働者として二十数年を過ごしたこの街の「自叙伝」を作ってあげたかったという。
写真集のタイトルは「定点観測・釜ケ崎」(東方出版、286ページ)。収録されているのは主に「高度成長期」「バブル崩壊」「現在」という三つの時代それぞれで釜ケ崎の61カ所を写した計183枚の写真。中島さんによる簡単な解説文とともに街の移ろいを伝えている。
1枚目の1950~60年代の写真については、釜ケ崎を撮り続けた写真家の井上青龍氏(故人)の作品や、西成区役所といった公的機関などが保管していた写真の提供を受けた。
2枚目の90年代、3枚目の昨年の写真は、中島さんがそれぞれの時代に同じ構図で撮影した。仕事を求めて労働者が集まる「あいりん総合センター」、炊き出しなどが行われる「三角公園」。いまは姿を消したバラック街など、往時をしのばせる写真も多い。
最も古い写真は、25(大正14)年に釜ケ崎を南北に走る紀州街道を写したものだ。道の両脇にはビールの看板を掲げる店などが軒を連ね、にぎわいをうかがわせる。同じ場所はバブル崩壊後、鉄骨造りの簡易宿泊所(ドヤ)が立ち並び、いまは、高齢者となった労働者らを対象にした「福祉アパート」も目立つ。
香川県・小豆島出身の中島さん…