橋本健二・早大教授
「せんべろ」が言われ始めた頃、居酒屋の深化は一つの到達点に届いたかと思われた。だが居酒屋の宇宙はなお広がり、そこに集う人々も、飲むスタイルも、やまぬ変化の中にあるという。
橋本健二さん(早稲田大学教授)
30年来居酒屋通いをしていますが、居酒屋は社会ののぞき窓です。飲んで弱みをさらけ出し、景気の良しあしから地域の問題まで語る場だからです。そして、格差社会の現実も見えてきます。
バブルの余熱があった1990年代半ばごろまで、サラリーマンやワーキングウーマンは、地酒とおいしい料理を出す、ちょっとぜいたくな店に通いました。同じ頃、大衆酒場では、年金生活者や工場労働者らが安い酒をあおって疲れを癒やしていました。
90年代の終わりになると、客単価が5千~6千円の店がどんどん消えました。大衆酒場にスーツ姿が目立つようになります。国税庁の統計で、98年から管理職クラスのサラリーマンや一般労働者の収入が減少し始めたのと、軌を一にした現象でした。
変化はさらに続きます。安い価格帯の焼き鳥のチェーン店などが次々登場する一方、気軽に見えて高級ワインも楽しめる、欧州風に「バル」を名乗る店も出現。酒場に格差が現れたのです。テレビ番組を通じたその後の居酒屋ブームがあり、料理や店の雰囲気を楽しもうと女性がディープな居酒屋を訪れるようになり、安く飲め、そこそこにうまいものもつまめる「せんべろ」の居酒屋がもてはやされて、店の減少がようやく止まったのが現状です。
そんな中、店では見えない格差が進行しています。
社会学は日本の社会構造を、会社経営者らの資本家階級、自営業者らの旧中間階級、管理職や専門職のサラリーマンらの新中間階級、現場で働く労働者階級と四つに分類してきました。ところが21世紀に入って非正規雇用の労働者が増え、正規雇用労働者との間に相当な所得格差が生じた。その結果、アンダークラスが新たに生まれました。
その人たちが酒を飲まなくなっ…