野月浩貴八段=19日午後、山形県天童市、高橋雄大撮影
佐藤天彦名人に羽生善治竜王が挑む第76期将棋名人戦七番勝負第6局が19日、山形県天童市の天童ホテルで繰り広げられている。2勝3敗で迎えた羽生竜王にとっては、負けたらシリーズ敗退が決まる大一番だ。負けられない大一番といえば、サッカー日本代表が今晩、ワールドカップ(W杯)初戦のコロンビア戦を迎える。将棋界のサッカー通で知られる野月浩貴八段(44)は、「将棋とサッカーは共通点が多い。『組織の連動性』が勝利のカギを握る」と話す。
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第6局の副立会人を務めている野月八段は、サッカー観戦歴32年というサッカー通だ。小学6年生でプロ棋士を養成する奨励会に合格し、単身、札幌から上京。横浜市に住んだ縁で、日産自動車サッカー部(現在の横浜F・マリノス)の試合を頻繁に観戦していたという。Jリーグ開幕戦も国立競技場で見たほどのファンで、今では海外クラブやJリーグ、ユース代表、高校サッカーなど、あらゆるカテゴリーを対象に、年間50~60試合はスタジアムに足を運ぶ。「記憶力が良かった20代は、1試合を観戦し終えると、ボールの動きも選手の動きも、90分間をすべて頭の中で俯瞰(ふかん)して再現できた。対局の一手一手を再現するように、ですね」と話す野月八段にとってはもちろん、今晩のコロンビア戦は期待もあり、不安もある大一番だ。
ずばり野月八段にコロンビア戦のスコアを聞くと、「勝つなら2―1。負けるなら大量失点でしょう」と言う。
野月八段の分析では、個人の能力が高く、手数をかけずに一気にゴールを決める攻撃力を持つコロンビアは、パスサッカーを志向する日本とは相性が悪い。日本が勝つには「組織の連動性」が不可欠で、しかも90分間集中し続けることが大前提だ。その上で、最も大切なのは「ポジショナルプレー」と話す。ボールの動きだけに目を向けるのではなく、ボールを持たない選手も含めて、いかに優位なポジションを確保して陣形を構えるか。また攻撃一辺倒ではなく、守備でもいいポジションを確保することで、攻守一体で優位でありつづける戦術だという。
このポジショナルプレーは最近の戦術の流行にも通じるという。野月八段は「例えば、藤井聡太七段は、攻守の局面局面だけに目を向けずに、盤上全体に目を向けて、自分の駒が盤上のすべてで優位なポジションを確保する。たとえ歩をひとつ損したとしても、銀をいいポジションに進めるといったように。その上で、相手に手を渡す(攻めさせる)。手は渡しても、主導権は渡していないから、攻めさせながらバランスを崩させることもできる」と、将棋でいうポジショナルプレーを説明する。「佐藤名人も羽生竜王も、攻めだけではなく受けもうまい。最近のトレンドでは将棋もサッカーも攻撃力だけでは勝てない」
ほとんどサッカー解説者のような野月八段に、注目する選手を聞いてみると、ボランチの大島選手、攻撃的MFの原口、乾両選手だという。「キープ力があって小回りも効いて、攻撃のスイッチも入れることができる大島選手は、『銀将』と『角行』を足したような存在。運動量が豊富で縦に切り込む原口選手は『飛車』。敵陣をかき回すこともできて、決定力もある乾選手は『桂馬』でしょう」
対局は不測の事態がなければ、本日は封じ手となり、明朝に再開となる。はたして、佐藤名人と羽生竜王は今晩の日本戦をテレビ観戦するのだろうか? 野月八段は「わたしなら気分転換で見ますね。将棋のことばかり考えてもネガティブになりますし。佐藤名人も羽生竜王もサッカーが好きなので見るんじゃないでしょうか。さすがに一緒に見るということはないでしょうけど」と笑った。(佐々木洋輔)