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ソフト宇津木妙子氏、仏代表を指導 パリ五輪入りへ挑戦

作者:佚名  来源:asahi.com   更新:2018-6-26 19:19:58  点击:  切换到繁體中文

 

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24年パリ五輪での競技継続に向けて、フランス代表選手たちに指導と自らの経験を語った宇津木妙子元日本代表監督


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ソフトボールへの情熱は衰えを知らない。速射砲のように打ち出すノックで、日本を五輪メダルへと導いた元代表監督の宇津木妙子さん(65)。ソフトが2008年北京五輪を最後に実施競技から外れてからは、世界連盟理事として復活に奔走した。そして今度は、24年パリ五輪での競技継続に向けて力を注いでいる。


20日に東京ドームであった日米対抗第1戦の試合前。日本へ強化合宿のため招待されていた、フランス代表選手ら約20人と座って談笑する宇津木さんの姿があった。


「自分に負けたらだめだよ」「常に勉強。強くなるためには色々なことを考えないと」。宇津木さんの言葉に大きくうなずく選手たち。フランス代表の強化を目的とした教室の一コマだ。話し終えると、次は投手陣に実技指導を行った。


東京五輪で3大会ぶりに競技復活を遂げるソフトボール。日本国内でのさらなる競技発展には、金メダルの獲得とともに競技自体が五輪種目に残り続けることも重要になる。日本ソフトボール協会はフランス野球ソフトボール連盟と協定を締結。指導者の派遣などを通じて、フランスチームの強化を約束した。


宇津木さんは「パリ五輪で(ソフトボールを)継続するためにはフランス五輪組織委員会にソフトを入れたい、と思わせないと。強いチーム、メダルをとれる代表チームにしないといけない」。大好きな競技のため、65歳は一肌脱いだ。


宇津木さんは現役を引退後、日立高崎(現ビックカメラ高崎)で日本リーグ初の女性監督に就任。3部のチームを猛練習で強豪に育て上げた。日本代表監督も務め00年シドニー五輪で銀、04年アテネ五輪では銅を獲得。代表を目指す子どもたちに夢を与えてきた。11年にはNPO法人「ソフトボール・ドリーム」を立ち上げ、競技普及につながる催しや講演会で、世界中を駆け巡った。


競技普及の大変さを知るからこそ、再びともった灯を絶やしてはならないとの思いは強い。「五輪にソフトがあるのとないのとでは違う。やっている子どもたちの夢はそこにある。だから24年につながらないと子どもたちのソフトボール離れが起きてしまう」


日本に注ぎ続けてきた情熱を、変わらずフランス選手たちにも注ぐ。代表の心構えや打撃指導を受けたフランス代表のアンタ外野手は「私たちが個人の能力を高め、さらにパワーアップすれば、24、28年の五輪につながると信じている」。「取り組む姿勢は日本選手以上。強くなる」と宇津木さんは太鼓判を押す。


フランスをかつての日本に重ね合わせながら、強化と普及の先にある24年パリ五輪に向けた挑戦が始まった。(榊原一生)




 

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