柔道の男子日本代表コーチ、鈴木桂治さん(39)が現役復帰すると聞いて、ふと思い出したのは2001年11月の講道館杯全日本体重別選手権だった。
鈴木桂治「引退します」 全日本実業団体対抗で完全燃焼
国士舘大3年生の鈴木さんが男子100キロ級で4連覇を達成し、人目をはばからず号泣した大会だ。
「こういう終わり方が悔しくて……」
決勝で戦った相手は吉田秀彦さん(49)。言わずと知れた1992年バルセロナ五輪男子78キロ級金メダリストだ。3回目の出場となった2000年シドニー五輪の90キロ級3回戦で、右ひじ関節脱臼という大けがを負った。約1年後に引退を決意して臨んだ大会で、最後に対戦したのが鈴木さんだった。
この階級で2学年上の井上康生さん(41)を追う存在だった21歳に、32歳の吉田さんは果敢に背負い投げを仕掛けた。「その瞬間、プチッといった」。右太もも裏を痛め、棄権という形で畳を下りた。
「小学時代からテレビで見て内股を参考にした先輩ですから」。試合後、涙を流したのは鈴木さんの方だった。「対戦できて光栄ですが、尊敬していただけに、こういう終わり方が悔しくて……」
鈴木さんは3年後のアテネ五輪男子100キロ超級で金メダルに輝く。しかし、08年北京五輪は男子100キロ級でメダルを獲得できず、さらに現役生活を続け、12年ロンドン五輪の最終選考会で敗れて競技生活に区切りをつけた。このあたりの足跡も、どこか吉田さんの歩みと重なる。
8日の全日本実業団体対抗大会(高崎アリーナ)は、鈴木さんにとって7年ぶりの実戦だった。母校の国士舘大監督で、日本代表コーチでもあるが、同校の後輩や教え子と組んだ国士舘柔道クラブの選手として男子3部で6試合を戦い、4試合で一本勝ち。2試合は引き分けだった。
実は吉田さんも鈴木さんと戦った後、総合格闘技への参戦を経て柔道界に復帰し、指導者をする傍ら、13年の同じ大会に出場している。やはり6試合を戦って一本勝ち4試合を含む5勝1引き分けで、チームの3部優勝に貢献した。
「おれはあのとき43歳で、5勝したかな。4試合は一本勝ちね」。試合前に練習会場で会った吉田さんから、鈴木さんはプレッシャーをかけられたという。
「なんかブツブツ言ってましたね」と苦笑した鈴木さんだが、「苦しかったけど、今日は100点満点。今できるすべてを出しました」と試合後に語った。
その笑顔も、6年前の吉田さんとだぶって見えた。(編集委員・安藤嘉浩)