5月3日の安倍晋三首相の改憲メッセージをめぐり、法学などの専門家でつくる「立憲デモクラシーの会」は22日、東京都内で記者会見し、「改憲自体が目的であるかのように、憲法を軽んじる言辞を繰り返すことは、責任ある政治家のとるべき態度ではない」と批判する見解を発表した。
安倍首相はメッセージで、憲法9条1項と2項を残し、自衛隊の存在を明記すると主張した。これに対し見解では、「自衛隊はすでに国民に広く受け入れられた存在で、憲法への明記に意味はない」と指摘。首相が改憲の理由に「自衛隊は違憲」とする学者らの見方を挙げていることについて、「憲法学者を黙らせることが目的であれば憲法の私物化」と批判した。
青井未帆・学習院大教授(憲法)は会見で「自衛隊を憲法に書き込むと、武力行使の限界がなくなり、9条2項が無効化する」と指摘。石川健治・東大教授(憲法)は「(憲法に自衛隊が書かれていないことで)軍隊を持てるのかということが常に問われ続け、予算などの面でブレーキになってきた。その機能が一気に消えてしまう」と話した。
長谷部恭男・早大教授(憲法)は「合理的な安全保障論抜きで、もっぱら情緒に訴えて憲法9条を変えようとするのは本末転倒」と語った。西谷修・立教大特任教授(哲学)は「96条の改正や緊急事態条項の新設など、政権側がご都合主義的に手を替え品を替え出してくる改憲の提案に国民が振り回される」。山口二郎・法政大教授(政治学)は「野党から質問されて『新聞を読め』と答える安倍首相に憲法を論じる資格はない」と述べた。
見解では、高等教育の無償化についても「高等教育を受ける権利を実質的に均等化するために必要なことは、憲法改正を経た無償化ではなく、給付型奨学金の充実などの具体的な政策」として、憲法改正の必要はないと主張している。(編集委員・豊秀一)
立憲デモクラシーの会が22日に発表した見解の全文は以下の通り。
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安倍晋三首相による改憲メッセージに対する見解
5月3日、安倍首相は憲法改正の具体的提案を行った。9条の1項2項を残したまま、自衛隊の存在を新たに憲法に明記し、さらに高等教育を無償化する提案で、2020年の施行を目指すとのことである。
自衛隊はすでに国民に広く受け入れられた存在で、それを憲法に明記すること自体に意味はない。不必要な改正である。自衛隊が違憲だと主張する憲法学者を黙らせることが目的だとすると、自分の腹の虫をおさめるための改憲であって、憲法の私物化に他ならない。
他方、現状を追認するだけだから問題はないとも言えない。長年、歴代の政府が違憲だと言い続けてきた集団的自衛権の行使に、9条の条文を変えないまま解釈変更によって踏み込んだ安倍首相である。自衛隊の存在を憲法に明記すれば、今度は何が可能だと言い始めるか、予測は困難である。
安倍首相は北朝鮮情勢の「緊迫」を奇貨として9条の「改正」を提案したのであろうが、たとえ日本が9条を廃止して平和主義をかなぐり捨てようとも、体制の維持そのものを目的とする北朝鮮が核兵器やミサイルの開発を放棄することは期待できない。憲法による拘束を緩めれば、軍拡競争を推し進め、情勢をさらに悪化させるおそれさえある。国民の6割が手をつけることに反対している9条を変更する案としては、理由も必要性も不透明なお粗末な提案と言わざるを得ない。
高等教育の無償化の提案も必要性が不明である。憲法の条文に高等教育は無償だと書いただけでは、無償化は実現しない。そのための財政措置が必要である。他方、財政措置が整いさえすれば、憲法を改正する必要はない。
高等教育を受ける権利を実質的に均等化するために必要なことは、憲法改正を経た無償化ではなく、給付型奨学金の充実などの具体的な政策であることは、明らかである。
何より問題なのは、理由も必要性も不透明な生焼けの改憲を提案し、批判を受けると「代案を示せ」と言い募る安倍首相の憲法に対する不真面目さである。改憲自体が目的であれば代案を出せということにもなろうが、改憲が自己目的であるはずがない。不要不急の改憲をしなければよいだけのことである。憲法の役割は、党派を超え世代を超えて守るべき政治の基本的な枠組みを示すことにある。簡単に変えられなくなっているのは、浅はかな考えで政治や社会の基本原則に手を付けるべきではないからであり、山積する喫緊の日常的政治課題に力を注ぐよう促すためである。日本政治の現状を見れば、最高権力者は、国家を私物化し、説明責任を放棄し、法の支配を蔑(ないがし)ろにしていると言わなければならない。そもそも憲法は権力者による恣意(しい)的な権力の行使を防ぐためにあるという立憲主義の原理をここで再確認する必要がある。このような状況で改憲自体が目的であるかのように、憲法を軽んじる言辞を繰り返すことは、責任ある政治家のとるべき態度ではない。
2017年5月22日
立憲デモクラシーの会