スタンドから声援を送る松商学園の足立星君=16日、阪神甲子園球場、林敏行撮影
(16日、高校野球 盛岡大付6―3松商学園)
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16日の第1試合、松商学園(長野)の足立星(ひかる)君(3年)は、ひときわ強い思いでアルプススタンドからチームを応援した。天国の母親に見せたいと願い、父と一緒にやってきた甲子園だからだ。
星君は、同校の足立修監督(53)の次男。父が監督を務める高校で野球をすると決めたのは、5年前にがんで亡くなった母、路恵(みちえ)さん(享年48)に「お父さんと野球をしている姿を見せたかった」からだ。
松商学園のレギュラーで、甲子園にも出場した父にあこがれて小4から野球を始めた。休日にキャッチボールをするのが楽しみだったが、小6の時に修さんが埼玉県所沢市の自宅を離れ、母校の監督に就任した。1年も経たないうちに、母が亡くなった。
中学時代は兄、姉と3人暮らし。家事のほとんどを星君が担った。離ればなれでも、父は時々家に帰り、電話でも話をしてくれた。忙しくても、気にかけてくれる父は優しかった。
松商学園の野球部に入ってから、そんな父が部員を厳しく指導する姿を見て、「すごい」と驚いた。家では、怒った姿も見たことがない。以前よりも、尊敬する存在となった。
ただ、一緒に暮らす長野県松本市の祖父母の家では、変わらない父だった。夜はティー打撃につきあってくれ、「野球で頑張る姿をお母さんに見せたい」と伝えると、「結果だけじゃなく、全力で走る姿を見ていると思うよ」と答えてくれた。
松商学園は多くの部員が競い合う名門。星君は3年間練習に励んだものの、公式戦に出る機会はなかった。3年の長野大会でも、ベンチ入りできなかった。
メンバーが発表された日の夜、帰りの車の中で、悔しくて泣いた。その時、ハンドルを握る父が「お前と3年間、野球をやれてよかった」と切り出し、星君の思い出を語り始めた。最後の練習試合で本塁打を打ったこと。他の部員の保護者から、全力でプレーする息子を褒められ、自慢だったこと。父の言葉を聞きながら、あふれる涙の理由が次第に変わった。
長野大会で優勝し、甲子園出場が決まった日、星君は母の遺影に「決めたよ」と報告をした。9日の初戦もスタンドで仲間と一緒に応援し、勝利を喜んだ。
チームは16日、盛岡大付に3―6で敗退。最後まで声援を送った星君は「甲子園に連れてきてくれて、ありがとう」と父に感謝し、再び目に涙を浮かべた。(大野択生、神野勇人)