講師の佐藤さん(中央奥)と生徒の男性客たちが、額や背中を汗でびっしょりにしながら就職活動について語り合った=東京都台東区
お風呂に入りながら、客同士が先生と生徒になって「授業」をする。名づけて「はだかの学校」が、東京都内の銭湯で開かれている。様々な人たちが肩ひじ張らずに経験を語り合うことで、銭湯を学びの場にしようという試みだ。遠のいた客足を取り戻す効果も出ている。
7月末、東京都台東区にある「日の出湯」。腰にタオルを巻いた客7人が、浴槽のふちに腰かけて足をつけていた。そばには、場違いなホワイトボード。
「理想の就職と採用って何だろう?」
常連客で、就職コンサルティング会社会長の佐藤孝治さん(45)が、企業と学生のミスマッチについて語る。約15分間の「授業」が終わるころ、みんな汗びっしょりになった。
佐藤さんは「お互い裸だから、堅苦しくならなくてやりやすい。すごく楽しかった」。輪に加わった大学院生の男性も「先生との間に生じやすい力関係はなく、対話型で聞きやすかった」と話した。
「開校」のきっかけは、4代目経営者、田村祐一さん(36)と常連客との何げない会話だった。90代の女性は、東京大空襲の時、夜空が赤くなって花火のように見えたと教えてくれた。戦後の物資不足で、ジャンパーや鍋まで盗まれたことなど聞いたことがない話ばかりだった。2014年夏、銭湯で女性に講演してもらうと、若者約20人が集まった。
昔からある畳屋、溶接業者、マグロ漁船に乗っていた元漁師……。日の出湯には様々な客が集まる。田村さんは「経験や知識を語ってもらい、銭湯を学びの場にできないか」と思い立ち、今年3月の開校にこぎつけた。落語家や囲碁教室の経営者らを先生役に招き、月1回ほどのペースで続けている。
田村さんが幼いころ、銭湯でふざけていると近所のおじさんに怒られ、湯船につかって知らない人とプロ野球の話で盛り上がることもあった。「今日は誰に会えるか、毎日楽しみでした」。そんな銭湯だが、客足は伸び悩んでいる。都によると、都内の銭湯は05年末に1025軒あったが、いまは600軒を切った。
田村さんは「ふらっと行ってみると誰かいて、くだらない話ができて。銭湯をそんな居心地のいい場所にしたい。裸になれば年齢も肩書も関係ない。なじみのなかった人も銭湯に通うきっかけになれば」。田村さんが経営を引き継いだ5年前に1日約80人だった客は、約130人まで増えたという。
はだかの学校の参加費は、入浴料の460円のみ。女性向けには服を着た「足湯」の状態で行う。次回は今月19日、ガラス会社の代表が江戸切り子について話す。はだかの学校のフェイスブックから申し込める。(金山隆之介)