治療費の支払いで、数十万円ずつ何度も引き落とされた記録が通帳に残る(本人提供)
不妊治療費:1
約300万円の貯金がまさか尽きかけるとは――。不妊治療を始めた5年前、夫婦は想像もしていなかった。
法律事務所で働く千葉県の男性(42)は2001年、26歳で結婚した。妻(42)は高校の同級生。結婚後はおいやめいと遊ぶ機会が多く、犬や猫も飼っており、家庭はにぎやかだった。子どもを持つことを意識することはなく、自然にできるものと思っていた。
結婚から10年が過ぎ、兄夫婦に子どもが生まれた。それを機に「不妊では」と不安がよぎり始めた。一方で「認めたくない」という思いもあった。
まず妻が動いた。「私に原因があるのか、調べてみよう」。近所で不妊治療ができる診療所をインターネットで探した。12年夏、初診。あらかじめ測っておいた基礎体温、2カ月分を持参した。まず、排卵周期に合わせて性交渉を持つタイミング法を2回試したが、だめだった。卵管に問題がないか検査したが、不妊につながる原因は見つからなかった。
男性の精液検査と人工授精も試みた。自宅で精液を採取し、妻に託した。その日、診察台に寝た妻は、院長の男性医師から「精子が見当たりませんが、精液をとりあえず体内に入れましょう」と言われた。
不妊治療は保険が適用されず、治療費は原則自己負担だ。1回の通院で数万円かかることもあった。「安くないが、これくらいなら何とかなる」。まだ金額はそれほど気にならなかった。
その後、精液検査を2回受けたが、いずれも精子は見つからなかった。結果を受けて、妻は院長から男性の精液中に精子がいない「無精子症」だと指摘された。男性不妊の専門病院を受診した方がよいという。
通院から3年がたっていた。「子どもはできないかもしれない」。妻は電話で男性に伝えながら、悲しさがこみ上げてきた。
男性はすぐにネットで「無精子症」と検索した。男性不妊の治療を経て父親となったロック歌手のダイアモンド☆ユカイさんの体験談を見つけた。まったく同じ症状ではなかったが、「精子がなくても双子が生まれているんだ。大丈夫なのかもしれない」と少し希望がわいた。(合田禄)