國分功一郎さん。1974年生まれ。東京工業大教授。著書に『中動態の世界 意志と責任の考古学』など=2018年6月12日、東京・築地、越田省吾撮影
著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)がベストセラーになっているドイツの哲学者マルクス・ガブリエルさんが来日し、東京・築地の朝日新聞東京本社読者ホールで6月12日、哲学者の國分功一郎さんと対談した。「作家LIVE」(朝日新聞社主催)の一環で、200人の定員を大きく上回る900人以上の応募があった。政治や経済の「危機」の解決に、民主主義は役立つのか――。その原理を見つめ直す議論が繰り広げられた。
ガブリエル×國分対談、全文はこちら
対談に先立つ問題提起として、國分さんは質問文をガブリエルさんに送った。行政権力が強大な力を持つ現代の政治体制下で、民主主義や主権のあり方を問うもので、これを踏まえて議論が進んだ。
まず、民主主義の本質とは何か。ガブリエルさんはその誕生の歴史をひもときながら「人間が人間として存在するために譲れない諸権利(=人権)に対応し、その権利の実現を目指す政治システム」だとして、民主主義に内在する価値として「平等」を重視していることを明らかにした。
例えば、古代ギリシャの民主主義は「奴隷制」、フランス革命後のナポレオンによる民主主義の試みは「帝国主義」という矛盾を抱えていたがゆえに、失敗した。「みんなのための」民主主義のはずなのに、その最も重要な価値の普遍性を実現できなかったことが共通の原因だと語った。
「危機」は現代にも通底する。「途上国の人が先進国の人のためにTシャツを作っていて、大勢の人たちが自分たちのために働いているのが(先進国側から)見えない状況」は不平等で、「古代ギリシャの奴隷制の再現」とも理解でき、非常に深刻な問題だと指摘した。
國分さんはこれを受け、民主主義における「メンバーシップの平等」の問題を提起した。
例えば昨年のフランス大統領選。決選投票まで進出した右翼政党の候補マリーヌ・ルペン氏の「フランスのことはフランス人が決めよう」という発言は、耳あたりはよいものの「外国人は入れるべきではない」という排他的な主張でもある。國分さんは「決定権における平等の問題が排除に結びつく場合がある」と述べ、グローバル社会のなかで、政治的な決定権をどこまで、どう与えるかが重要な問題だと指摘した。
国民国家と矛盾する
「メンバーシップの平等」を巡る議論で、ガブリエルさんは「民主主義の本質は国民国家と相いれない」と断言した。「気候変動や経済的格差といったグローバルな性格を持つ問題に、私たちは国境で線引きして『ここからは関係ない』とは言えない」
国民国家の「枠外」に放出された難民や移民も、本来は民主主義の下で自分たちの人権を求めることができる。「彼らはまさに民主主義者。人権を自分たちのものにしたいと言っている」とガブリエルさん。民主主義の価値を重視する立場から、難民・移民の人権に繰り返し言及した。
民主主義の限界を指摘したうえで、ガブリエルさんが強調したのが「(国民国家を超えた)シチズンシップを与える民主主義の形式」への転換だ。國分さんはこの構想に理解を示した上で、その際に「主権」の概念が問題になるとした。英国のEUからの離脱を決めた国民投票などで国家レベルの政治で主権が奪われているのではないか、と近年声高に語られる。「国民国家という枠を取り払った時に、主権はどういう形で担われることになるのか」と問いかけた。
ガブリエルさんは、多様な含意を持つ民主主義について、「普遍的な価値システム」としての民主主義の重要性を強調し、「『主権』という概念はいりません。主権なしに新しく民主主義について考える必要があります」と述べた。
■立憲的価値を…