オリンパスの旧経営陣による損失隠しが発覚して7年。巨額の損失隠しで同社に損害を与えたとして、東京地裁が昨年4月、菊川剛元会長ら8人に計約590億円の賠償を命じた訴訟は記憶に新しい。ただ、当時の社長で、不正を追及したマイケル・ウッドフォード氏を解任した元取締役10人の責任追及が不十分だとして、関西の株主が起こした訴訟はあまり知られていない。
この株主代表訴訟は2012年1月、東京地裁に提訴され、菊川氏らに巨額賠償を命じた訴訟と併合審理されている。11年10月の取締役会で英国人社長のウッドフォード氏を解任した被告らが、会社法が定める取締役としての監督・監視義務や、不正の疑いがある場合の調査義務を果たしていないと原告側は主張。17年4月の東京地裁判決は「違法行為が明確だったとは言えない」として10人の責任を認めず、原告側が控訴した。会長や社長の意向が通りやすい日本企業の取締役会の体質を問う訴訟が続いている。
今年2月13日、二審の東京高裁の法廷にウッドフォード氏の姿があった。原告側の「株主の権利弁護団」(大阪市)が求めた証人申請が認められ、ロンドンから来日した。ウッドフォード氏が損失隠しを知ったのは11年夏。月刊誌の報道をきっかけに独自に会計事務所に調査を依頼。「不正行為の可能性を排除できない」との意見を得て、菊川氏に会長辞任を求めた。菊川氏は同10月13日、元取締役らを集めてウッドフォード氏を解任する方針を伝え、翌日の取締役会で解任を決議した。
「取締役会が全員一致であなたを解任した理由は何だったのか」。同弁護団の弁護士の問いに、ウッドフォード氏は「菊川氏に対する間違った忠誠心、服従だと思います。(被告らは)操り人形と同じでした」と答えた。当時の取締役会は事実上、10年にわたって社長を務めた菊川氏の支配下にあったとも指摘した。
元取締役らは反論。調査の必要性を感じていたと説明し、解任の1週間後に第三者委員会を設置する方針を公表したと強調した。
双方の主張は一審段階から平行線をたどっている。
「正しいことをウッドフォード氏はしていたかもしれませんよね」。16年10月、東京地裁での証人尋問で、原告側弁護士はウッドフォード氏の後任の高山修一元社長に何度も尋ねたが、高山氏は「正しいとは限らない。(ウッドフォード氏は)独断専行で、経営が混乱する」と反論した。
高山氏ら被告側は「損失隠しは知らなかった」と証言。ウッドフォード氏について「激高しやすい」「日本にいない。現場にも関心がない」などと述べ、もともと社長の適格性を欠いたと指摘した。ウッドフォード氏を社長に選んだのは「菊川元会長らが支えることが前提だった。それがなくなった以上、解任はやむを得ない」とも述べた。
社外取締役の主張も同様だった。ウッドフォード氏の選任・解任議案に賛成した理由について、証券会社幹部だった元社外取締役は「菊川さんがおっしゃられるのであれば」と証言。原告側が「それでは社内出身の役員と一緒では」と問うと、「いいじゃないですか。自分の範囲内でやれたと思っています」と切り返した。
二審は5月に結審し、現在は和解協議中だ。被告の元取締役がウッドフォード氏の解任に賛成したのは適切だったのか、それとも実力者の言いなりだったのか――。
取締役の責任に詳しい遠藤元一弁護士は会計事務所が示した意見を知った時点で「元取締役は『不正の危険信号』を受けたと言っていい」と指摘し、注意義務違反にあたるかに注目している。取締役の大半を内部昇格者が占める企業が多いなか、「取締役の規律を高めて公正な資本市場を実現するうえでこの訴訟の意義は大きい」と遠藤氏は話す。(加藤裕則)