2月25日夜、福岡市東区の路上。ガードレールにぶつかった1台の乗用車が道を塞ぐように停車していた。通りかかった男性が見つけ、110番通報した。「息子が亡くなったので、一緒に死のうと思った」。車を運転していた女性は警察官にそう話したという。
難病を患っていた長男(25)の遺体を車で運び、車内に放置したとして、福岡市内に住む母親(49)が2月26日に死体遺棄容疑で福岡県警に逮捕された。
息子の遺体を載せ、母親はどこへ向かおうとしていたのか……。
東署によると、母親と長男は福岡市内のマンションで2人で暮らしていた。息子は幼いときに全身の筋肉が少しずつ衰えていく筋ジストロフィーを発症。最近は自宅で療養を続けていた。
母親が息子の呼吸が止まっているのに気づいたのは、2月25日午後7時ごろ。その後、息子の遺体を助手席に座らせ、車のエンジンをかけた。
それから約2時間半。母親は冷たくなった息子を乗せて走り続けた。そして。
福岡市東区蒲田4丁目の九州自動車道・福岡インターチェンジの出口付近でハンドルを切り、ガードレールに自ら車をぶつけた。
「死に場所を探していた」
福岡県難病医療連絡協議会の原田幸子さん(47)によると、筋ジストロフィーの患者の場合、長期間の入院ができる施設が少ないため、在宅で看護するケースが多い。症状に応じ、定期的な医師の訪問診療をうけたり、ヘルパーが家を訪れたりすることもあり、必ずしも孤立しやすい状況にあるわけではないという。
それでも「子どもを自分だけで面倒をみたいという責任感の強い親がほとんど。大切に思うがゆえに、一人で抱え込んでしまったのかもしれない」と話す。
母子はかつて、日本筋ジストロフィー協会の活動に積極的に参加していたという。協会の福岡県支部長で、自身も脊髄(せきずい)性筋萎縮症と闘病する溝口伸之さん(45)によると、長男が大きくなるにつれて参加の頻度は減り、最近は見かけなくなった。
「難病患者の親のなかには、子どもの人生は自分の人生のすべてと思う方も多い。息子さんが亡くなり、自分の生きる意義を見失ってしまったのかもしれません」。溝口さんは母親の心中をそう推し量った。
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母親は3月5日、処分保留で釈放され、19日に不起訴処分となった。(岡純太郎)