亡くなった長女。10年ほど前に撮影され、20代半ばのころの写真。匿名を条件に父親が提供した
「亡くなったことを、まだ受け入れられません。今も園に行けば、会える気がする」。相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で7月に起きた殺傷事件で、4年前から園に預けていた長女(35)を亡くした父親が、朝日新聞の取材に応じた。入所者19人が殺害され、入所者と職員計27人がけがをした惨事から、3日で100日。
特集:相模原の殺傷事件
何かに気づいたように振り返り、無邪気に笑う長女。10年ほど前にゲームセンターで撮った写真が遺影になった。市内に1人で暮らす父親は毎朝、長女が大好きだったコーヒーを仏壇に供え、手を合わせる。たばこはやめていたが、7月26日の事件後、また吸うようになった。長女との日々を思い出し、涙がこみ上げてくる時がある。
長女は身長約140センチ、体重約35キロと小柄だった。
2歳のころ、母親がほかの子より成長が遅いことに気がついた。病院に連れて行くと、脳性まひの障害があることがわかった。
長い距離は歩けない。会話も難しく、「いちご」「コーヒー」といった言葉で意思を表した。父親のことは「ちち」と呼んだ。
長女の名前を呼ぶと、喜んで走り回ることもあった。かまってもらうために足が痛いふりをした。「さっきぶつけたのは、違う足だよ」と指摘すると、「ばれたか」という顔をした。
園から一時帰宅したときも、椅子に腰掛けた父親の足をトントンとたたいて抱っこをせがんだ。胸に抱かれ、安心したように腕を首に回した。「甘えん坊で愛嬌(あいきょう)があった。いつもべったりくっついていました」
近所に住む5歳年上の長男も、長女をよく抱っこしていた。県外で暮らす次女は毎年、姉の誕生日にぬいぐるみを贈った。家族で集まると、まず長女に「ご機嫌いかが」と声をかけ、ほおをつついた。「無邪気なあの子は家族のアイドルでした」と父親は語る。
8年ほど前、母親にがんが見つかった。入院のため、長女を園に短期で預けるように。2012年7月からは長期で入所し、翌月に母親は他界。「あの子の面倒を見てあげられないのはかわいそうだけど、施設でお世話してもらえるから安心ね」と言い残したという。
父親は月に1度ほど、園に行き、車いすの娘と散歩した。納涼祭や夏祭りなど園の行事にも参加した。
そしてあの日。朝のテレビニュ…