アリゾナ記念館に展示されている佐々木禎子さんの折り鶴=昨年7月、米ハワイ・ホノルル
広島市の平和記念公園に立つ「原爆の子の像」のモデルになった被爆少女、佐々木禎子(さだこ)さん(12歳で死去)が闘病中に折った鶴のうち1羽が今夏、米ユタ州ウェンドーバーの博物館に寄贈される。おいでシンガー・ソングライターの佐々木祐滋さん(46)=東京都中野区=は「米国と手を取り合い、平和を発信するきっかけになれば」と期待する。
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ウェンドーバーは第2次世界大戦中、広島、長崎への原爆投下を実行した米軍の第509混成部隊が訓練した場所として知られる。元米軍人の日系米国人が仲介し、今回の寄贈につながったという。祐滋さんは8月6日に現地を訪れ、直接手渡す予定にしている。
禎子さんは2歳の時、広島で被爆した。しばらくは元気だったが、10年たった1955年に白血病と診断されて入院。見舞いに贈られた「千羽鶴」をきっかけに「鶴を千羽折れば病気が治る」と信じ、薬の包み紙などで鶴を折り続けたが、約8カ月間の闘病の末、亡くなった。同級生らによる募金活動で58年に像が建てられ、国内外から寄せられた折り鶴が飾られている。
祐滋さんによると、禎子さんの折り鶴の米国への寄贈は、ハワイの真珠湾攻撃の犠牲者を追悼するアリゾナ記念館やニューヨークの同時多発テロの犠牲者の追悼施設などに続き、6カ所目。禎子さんの折り鶴を巡る逸話を知った米国のオバマ前大統領も昨年5月、広島を訪れた際、自作の折り鶴を持参し、広島市に寄贈した。(岡本玄)