開幕まで2年を切った2020年東京五輪に向け、中東のオマーンから日本に留学して競泳を学ぶ若者がいる。中京大学スポーツ科学部(愛知県豊田市)の1年生、男子自由形のイサ・アルアダウィ選手(19)。世界でメダルを狙う日本とは違い、オマーンは参加が目標という競技レベル。日本出身の母ら家族の応援や、水泳関係者の期待を受け、飛躍を目指している。
「日本の選手は背が高くないのに速い。技術を学びたかった」。日本留学は念願だった。母の宏子さん(55)は神奈川県逗子市出身。イサ選手は祖父母の住む同市を何度も訪れ、日本語を習った時期がある。身近な日本での開催が決まった五輪は目標となった。
オマーンは1984年ロサンゼルス大会から五輪に参加。競泳は00年シドニー、08年北京などに派遣したものの、参加標準記録は突破できず国際水泳連盟の推薦枠での出場だった。自由形5種目のオマーン記録を持つというイサ選手は、初の参加標準記録突破を目指し、オマーン水泳協会も期待をかける。
高校の成績優秀者は国から留学の奨学金が受けられ、イサ選手も条件をクリアしていた。だが、渡航先は欧米ばかり。専攻もスポーツ科学はなかった。そんな中、道を開いたのがオマーン水泳協会だった。同協会の会長が国と交渉して日本への水泳留学で奨学金が得られるようになった。
五輪参加標準記録は、その種目に2人出場できるAと1人のBがあり、前回の16年リオデジャネイロ大会の男子100メートル自由形はAが48秒99、Bが50秒70だった。自己ベストが54秒26のイサ選手は「3秒を2年かけて縮めたい」とBの突破を目標にするが、今後決まる東京五輪の標準記録はさらに厳しくなる可能性もあり、簡単ではない。
指導する水泳部の草薙健太コーチ(33)は「来た時は横揺れしながら力任せに手をかき、キックも弱かった。短期間で泳ぎもよくなってきた。まじめだし、一度指摘されたことを意識してできる」とみている。高橋繁浩監督(57)は「ハードルは高いが、体の均整がとれており、技術が高まり、日本の高いレベルの中でもまれれば、大きく伸びる可能性はある。彼の才能と努力に期待したい」と話している。
父は精神科医、姉も医師で、将来は医学の道も視野にあるが、イサ選手は「4年間は水泳と大学の勉強に集中する。お母さんの生まれた国で練習して、ここで五輪に出るなんて、他の人にないチャンスだから」と練習に打ち込む。(松本行弘)