いまも大川小旧校舎を訪れる人は絶えない=9日、石巻市釜谷
宮城県石巻市の北上川河口から約4キロ上流。車を揺らすほどの強風が吹く更地に、大川小学校の旧校舎がポツンと残る。9日も次々と見学者が訪れ、献花台や慰霊碑の前で手を合わせた。そして、津波に破壊された2階建ての「物言わぬ語り部」に言葉を失った。
石巻・大川小訴訟が結審 津波で児童ら犠牲に 仙台地裁
5年と7カ月前。大川小は10メートルもの津波に襲われ、児童74人と教職員10人が犠牲となり、周りの集落も壊滅した。上流部に住む佐藤すえ子さん(42)は、6年生の長女未空(みく)さん(当時12)と3年生の長男択海(たくみ)君(当時9)を失った。
大津波警報が流れる中、児童らは地震発生から約50分間、校庭にとどまった。裏山まで歩いて数分。「山へ逃げよう」との声は児童や教員からも出ていた。それなのに……。
市は「津波は予想できなかった」と説明し、2013年2月にできた第三者検証委員会の1年にわたる調査でも、「50分間の謎」に迫りきれなかった。
児童の遺族54家族のうち19…