トヨタ自動車が春闘のベースアップ額を明かさず、波紋を広げている。系列との格差を是正するための非公開という。政権の賃上げ要請や異業種との競争激化も無縁ではなさそうだ。
23日、連合の神津里季生(りきお)会長は記者会見で「賃金データはきちっとしないといけない。(トヨタ春闘の)内容の把握に努めたい」と語った。トヨタのベアは多くの企業の労使が交渉の目安にしてきたが、その額を確認できない。連合の集計に支障が出ている。
トヨタ経営側は昨春実績の1300円を超えるベアを回答したが、具体額を伝えたのは労組執行部の64人だけ。執行部は連合や自動車総連だけでなく、6万8千人の組合員にも伝えないという。
背景に何があったのか。豊田章男社長は回答の際、「トヨタを支える関係各社との賃金の格差があまりにも開き過ぎた」と語った。
上田達郎専務役員によると、トヨタ組合員の平均年収は770万円でサラリーマン全体の上位10%。一方で中小も含む系列メーカーの35歳時点の月給は、標準的な生活が送れる水準に4割の企業で届いていない、と推計する。
系列は長く、トヨタのベアより少額で決着させてきた。トヨタ経営側はその慣行を断ち、格差是正を促すという。非公開は来春以降も続ける方針。「トヨタのベアは注目され過ぎだ」と幹部は漏らす。
労組は経営側からのベア非公開の要請をいったん拒んだが、結局のんだ。西野勝義委員長は回答を受けて「ベア水準を職場に伝えられないのは極めて残念だが、理解できないものではない」と話したという。
「政権への配慮」指摘
冷めた見方もある。自動車総連の関係者は「公開されないと、格差が縮んだのか検証できない」と指摘。「経済界に3%以上の賃上げを求めた政権への配慮があったのでは」と話す。
経営側はベア額を公開しない一方、「3・3%の賃上げ」を強調。非正規の期間従業員の手当も含めた全組合員への支払い原資の増加率を示した。
労組の要求は正社員のベアについては月3千円。定期昇給と合計で2・9%の月給アップを求めた。経営側がこれに沿って答えれば満額でも「3%以上」にあたらない。だから回答方法を変えた、との見立てだ。
トヨタの2018年3月期の純利益見込みは前年より3割多い2兆4千億円だが、高揚感はない。「100年に一度の転換期」と言われるほど、業界の先行きは不透明だ。
海外ではシェアサービスがマイカー需要を奪う。自動運転技術と結びつけば流れは加速しかねない。引っ張るのは米中などのIT企業。トヨタ労使は程度の差こそあれ将来への危機感を共有しており、ベア非公開の背景になったもようだ。
政権の面目も立てた。安倍晋三首相は15日の会合で「トヨタをはじめ3%を上回る賃上げが行われたことは大変心強い」と話した。
日本総合研究所の山田久主席研究員は、春闘の節目になる可能性を指摘する。「国際競争や産業内格差を背景に、相場役が引っ張る方式はすでに壊れていた。官製春闘で無理に復活させたが、車産業の競争激化を機に矛盾が露呈した」
その上で「賃上げの外部検証は欠かせない。ベア額を出せないなら、他社や過去と比べられる別データの公開が必要では」と話す。(竹山栄太郎、山本知弘)