今年2月、岩手・花巻東高の佐々木洋監督(43)は米国に行った。岩手県体育協会が進める「トップコーチ活動支援事業」の一つとして、現地の野球指導を視察するためだ。
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10年前、親善試合に臨む日本高校選抜チームのコーチとして渡米した。当時、米国に学ぶべきものはない、と思っていた。
「時間にはルーズ。ゴミは置いたまま帰る。投手の投げ方も力任せ。ただ、時を経て考えるようになりました。なぜ日本は準備運動のとき2列で走るのか。丸刈りなのか。もしかして軍隊の名残なのか、とか」
そして、高校野球のみならず、スポーツ界全体にはびこる問題への関心が転機となった。
「パワハラが相次ぎ、指導法を見直す時期に来ています。特に、野球は伝統と慣習で受け継がれてきたことが多い。米国に行けば、自分の感覚が変わるのでは、と思いました」
約2週間の滞在で、訪問先は3カ所。リバティー高(アリゾナ州)では部活指導、グランドキャニオン大(同州)では野球の技術指導、ジェームス・モンロー高(ニューヨーク州)では生徒指導と、テーマを決めて教職員と意見交換した。
リバティー高野球部のクリス・レイモンド監督(39)とは年齢も近く、教師としての担当教科も日本でいう「地歴公民」で同じだったため、話が弾んだ。同高野球部は生徒数1500人規模のカテゴリーで昨年の州チャンピオン。部員は85人で、3グループに分けている。
練習はミーティングから始まった。監督はベンチに部員を座らせ、前に立つ。前日の練習試合の反省と、この日の練習メニューを確認。また、ホワイトボードには「全力疾走」「状況判断」など課題を克服できた部員の名前を張り出し、称賛した。
「練習試合では、部員に課題が出ていました。『バントは君の役目』などと。これ、日本だと後から言ってしまう。『お前に必要なのはバントなのに、何で失敗するんだ』と。米国には目的、課題設定、練習、練習試合、反省という指導の順番がありました」
練習中、選手を追い詰めるような厳しい言葉はない一方で、気の抜けたプレーをすると、レイモンド監督は「ベースランニングだ!」とペナルティーは科していた。保護者への接し方や、部員の不祥事についても話し合った。「チームは監督のものではない。選手のものです」。レイモンド監督の言葉に、大きくうなずいた。
佐々木監督は昨年の第100回大会が終わった後、部員の丸刈り強制をやめた。新しい野球部像を模索してのことだった。今回の米国視察後も、徐々に指導法を変えている。練習でのミーティングでは、ベンチに部員を座らせる米国スタイルを採り入れてみた。
「叱るときも、ほめてから叱る。『お前ならもうちょっとやれる。でも……』とか。すごく意識するようになりました。ただ、競技を問わず、強いチームは必ず練習に緊張感があります。怒らずに、ピリピリした雰囲気をどう出すか。それが、まだわかりません」
ニューヨークの高校は暴力などがあれば、すぐ警察を呼ぶことになっていた。ルールに基づいてすべてが淡々と処理されていく機械的な対応には、違和感を覚えた。
「教育って『たこ揚げ』だと思います」
米国の指導をつぶさに見て、そんな心境に達した。たこは糸をときに緩め、ときに引いて、高く揚げる。人を育てるのも、同じだ。日本と米国、互いのいいところをミックスさせて、野球を通じた人づくりに挑戦していく。(山下弘展)
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ささき・ひろし 1975年、岩手県出身。菊池雄星(マリナーズ)、大谷翔平(エンゼルス)の高校時代を指導した。甲子園出場経験は選手権7回(09、13年4強)、選抜3回(09年準優勝)。