優勝旗を目前にしながら、あと一歩、頂点に届かないでいるチームがある。大商大堺(大阪府堺市)の校舎入り口には、銀色の盾が4枚並ぶ。昨夏の南大阪大会を含め、これまで4回決勝まで勝ち進んだが、いずれも敗れた。創部から半世紀の実力校にとって大阪大会制覇は「宿願」だ。
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今年のチームには昨夏の決勝を経験したメンバーが4人残る。遊撃手の古川颯(はやて)君(3年)は中軸に座り2安打したものの、チームは無得点。近大付にわずかに及ばなかった。
試合後、目を真っ赤にした先輩が古川君を抱き寄せ「大阪一のショートになって甲子園に行ってくれ」。先輩に代わって出場したのにチームを勝たせられず、申し訳なかった。「先輩の思いも背負い、来年こそ甲子園に行こうと思った」
新チームになり、静(しずか)純也監督(43)の発案で野球部に新たなルールを取り入れた。部室の掃除などを担当する「美化」、練習道具の管理をする「道具」、規律を守らせる「風紀」など九つのグループを作り、3年生全員が何かの仕事に責任を持つようにした。グループの仕事を通じて、チームのために何ができるのかを考えてほしいとの思いからだった。
しかし、すぐに内面の変化は訪れなかった。試合では「目立つプレー」や「かっこいいプレー」を求める選手が多かった。主将の東奏太君(3年)もそうだった。得点圏に走者がいても長打狙いの大振りで三振や凡打を繰り返した。チームは昨秋の近畿大会府予選で4位、今春の府予選は4回戦で大阪桐蔭に敗れた。
「このままじゃいけない」。6月8日、東君は昨夏のレギュラー4人と副主将の計5人で、ノートを毎日書くことを提案した。タイトルは「チームの為(ため)」。試合や練習が終わるごとに5人が思いをつづった。
最初のページに、東君はこう記した。「自分自身も、個人の結果を求めてきた。でも甲子園に行く為には、そんなことよりもチームの結果を優先しないといけない」
他の4人も続いた。「俺らももっともっとみんなを引っ張っていかなあかん」「全員で頑張ろう!!」
絶対に甲子園に行く。そのために、自分はチームのために何ができるのか。それぞれの思いを字にすることで、ぼんやりと感じていた課題、自分とチームが進むべき方向性が明確になっていった。
大阪大会が間近に迫る。指示がなくても自ら動けるようになった選手たちを眺めながら、静監督は言う。「それぞれがチームのために行動しているのが見えるようになってきた。チームのまとまり、結束力は去年を超えましたね」
組み合わせ抽選の結果、大商大堺と同じブロックには、今春の近畿大会府予選で優勝した大商大が入った。大会序盤から正念場を迎えるが、東君はきっぱりと言う。「あと一歩で甲子園に行けなかった先輩たちの思いも背負っている。今年こそ、やってやる」
新調された優勝旗の最初の主は、はたして――。(山田健悟)