試合がもうすぐ終わる。鼓動が徐々に速くなる。いや、まだだ。これまでにも、最後のアウト一つが取れなくて大逆転を許したことがあったじゃないか。
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雄物川(秋田県横手市)の照井大瑛(ひろあき)君(3年)はセカンドで構える。赤川瑛飛(あきと)投手(3年)が渾身(こんしん)のカーブを投じる。見逃しの三振。勝った。
今年5月。26連敗後の、9カ月ぶりの勝利だった。
「よし」。ベンチの浅野晃秀監督がゆっくり立ち上がる。
みんな、派手に喜ぶわけではない。感情を表に出すタイプの選手はあまりいない。それに、公式戦ではなく、練習試合での1勝だ。でも、帰りのバスの中は何となく明るく、いつもより口数が多かった。
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野球の神様はいると思う。
念入りに道具を磨いた次の日は調子がいいし、こっそり練習をサボったらツケがすぐに回ってくる。だから、誰も見ていなくても、帰宅してから最低100回の素振りを欠かさない。スパイクは毎日磨く。つや出しのクリームを塗り、ブラシをかける。
その日の汚れが落ち、輝きを取り戻したスパイクを見ると何だかうれしい。グラブも2日に1回は30分ほどかけて手入れする。時々眠気に負けてサボると、翌日、エラーする。
手入れをしながら、その日の練習や試合を振り返る。納得のいくプレーが出来た日はそのプレーを思い出し、エラーした日は「忘れてしまいたい……」と思いながら、磨く手に力がこもる。
勝利を手にした練習試合の前夜は、やっぱり丁寧に道具を磨いていた。試合後の夜は、思う存分余韻に浸った。右中間に抜けた三塁打、よかったな。
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連敗中も、チームは「夏の1勝」を目標に練習に励んできた。
冬は降り積もった雪の中を長靴で走り、例年以上に厳しく体を追い込んだ。「頑張ってこー!」と前向きな声を掛け合い、苦しさを紛らわした。だれも弱音を吐かなかった。公式戦で1勝したいという思いが支えだった。負け続けていた間、決して下を向いていたわけではない。
それでも、勝利の記憶は自信につながった。自分たちでもやれる。やってきたことは間違っていなかったんだ。あの練習試合の後、急に勝てるようになったわけではないけれど、大差で負けることは減った。
帰宅後に素振りをしながら考えることは二つ。一つは、その日監督やコーチに教えてもらったこと。もう一つは、「夏、全校応援の中で一本打ったらかっこいいだろうなあ」。
最後の夏の舞台で野球の神様に見放されないよう、今日もスパイクを磨く。