パキスタン中部の農村で2016年11月下旬、水を張ったたるにナツメヤシの実やブドウ、麦などを入れて酒をつくる男性。記者だと告げて取材した
人は酒に集い、語らい、涙する。禁酒の国でも、酒に安らぎを求める人は案外多い。しかし、規制をすり抜けて出回る酒は、いったいどこから来るのだろう。
特集:世界の「市場」最前線
戒律の厳しいパキスタンでは、イスラム教徒(人口の96%)の飲酒は固く禁じられている。1979年に保守色の強い軍事政権下で発せられた法令は「飲酒 ムチ打ち80回」「密造・密売 ムチ打ち最大30回と5年以下の懲役」と容赦ない。国民の大半は酒を遠ざける。
法令は深酔いをいさめる聖典コーランに沿ったものだ。コーランは飲酒を「心して避けよ」「罪の方が得になるところより大きい」と忠告する。
ただ、次のような一節もある。「(清らかな乳は)飲めば大変うまいもの。また棗椰子(ナツメヤシ)の実、葡萄(ブドウ)などもそのとおり。お前たちそれで酒を作ったり、おいしい食物を作ったりする」(「コーラン」井筒俊彦訳)。ここに酒飲みは解釈の余地を見いだす。「全面禁止ではない」「節度が大切」と主張するゆえんだ。
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酒にまつわる事件は後を絶たない。正規の酒が手に入りにくい同国では、業者がアルコール分を含んだ溶剤を我流で調合するため、中毒死や失明を引き起こす。中部パンジャブ州の村では昨年末、祭りで約40人が死亡した。ヒゲそり用のローションなどをもとに作った酒を飲んだためだ。飲むと有害なメタノールが含まれていたとみられている。
医療用アルコールも多用される。本来は消毒液やせき止め薬などに使われる。刺激臭を消すための専用のシロップは、ウイスキーやレモン、桃など10種類以上の風味がある。アルコール度数は30度前後。水でかさ増しし、睡眠薬でごまかす業者もいる。
医療用アルコールを調合した酒を売るイスラマバード南部の業者を訪ねた。「ボトル1本の原価は約150円。これを千円ほどで、日に50本以上売る。もうけは大きい」と語り、材料を並べてみせた。配達用にバイク4台と車2台を持ち、ドライバーを雇う。これまでに12回逮捕されたが、金を積んで刑罰は免れてきた。男性は「罪悪感が付きまとう。アル中を数え切れないくらい生んできた。新規の客には売るのをためらうよ」。そう言って、つくりたての酒を飲み干した。
常用する繊維業の男性(41)は「信頼できる業者から買っている」と臆しない。「20年以上飲んで仲間が倒れたのは1回だけ。『おいしい毒』と割り切ること。健康を語るなら手を出すな」。体調を崩しても、冷えた牛乳を大量に飲めば助かると信じている。
一方、イスラム教徒以外は酒を…