作品が158億円もの高値で取引される画家の特別企画展が上野の東京国立博物館で開かれている。その名は斉白石(せい・はくせき、1864~1957年)。中国では、近代絵画の巨匠とされ人気が高いという。「人民芸術家」の称号を与えられているが、日本での知名度はさほど高くはない。会場で開催されたギャラリートークで専門家の解説を聞いた。
展覧会は日中平和友好条約締結40周年を記念した企画。書画や画稿、愛用品など約120件が、斉白石が初代名誉院長を務めた中国の美術アカデミー北京画院から来日している。
知名度は横山大観級、繊細さは熊谷守一のよう
163人が参加したギャラリートークで話したのは、京都国立博物館で中国美術を担当する呉孟晋(くれ・もとゆき)主任研究員。両親が台湾出身の日本人と自己紹介した。
呉さんは斉白石の作品「松柏高立図 篆書四言聯」が2011年に4億2550万元(約54億円)で、17年には「山水図」十二屛(12枚1組)が9億3150万元(約158億円)で取引された話題を振って、「中国で一番高値が付く画家」と話した。呉さんはまた、同じ近代の日本の画家と比べ、知名度は横山大観級で、繊細さは、かわいらしい猫などを描いた熊谷守一に当たるのではと見立てた。
一見へたうま、実は伝統に裏づけされた個性
「斉白石の絵は『へたうま』のように見えるが、実は中国の伝統を踏まえたうえで個性を出しているんです」と呉さんは指摘する。古画の模写が出展されているが、そうしたスケッチを通じて古来の筆法を自分のものにしたという。湖南省出身で、元々は大工・指物師だった。有力者の家に出入りして、最初は写実の力が問われる肖像画家として身を立てた。それが後に、自分の胸中を写す文人画に転じた。
花木を題材にした絵では、伝統的な蓮(はす)、竹、梅などを題材にしながらも、蓮の茎を極端に長く描くなど個性を見せている。呉さんは「古来の蓮池図をかみ砕き、自分の境地を描いた」と解説した。
中国全土を5回も旅行した経験から、山水画は「借山図」に見られるようなシンプルな構図に行き着いた。一方でカラフルで、現代的な要素も取り入れている。
ニワトリとエビが好き
斉白石が好んだ題材は、ニワトリとエビ。エビの絵は中国では少ないというが、地元の川で幼い頃から親しんだ。画家になった後も、筆を洗う器で飼うなど、愛玩の対象でもあった。
また、鳥や虫の絵は「一つで二度おいしい」という。写実的な描写に加え、同時に花木などを文人画風に描いているためという。
鳥の目の描写では、どこかをはっきり見ているようなまなざしを与えている。特に、立身出世を表すとして人気のあるタカは天下を睥睨(へいげい)するかのようだ。
激動を生き抜いた先人に傾倒
斉白石は八大山人(1626~1705年)と石濤(1642~1707年)という、明末清初の文人に傾倒した。明が滅び異民族の王朝清が成立した時代。呉さんは、「斉白石も清が滅ぶラストエンペラーの時代を過ごした。同じ激動を生き抜いた者への共感があったのではないか」と指摘した。
竹内栖鳳、武者小路実篤との交流
呉さんは斉白石と日本人との関わりも紹介した。
日本で高く評価したのは、戦前の外交官須磨弥吉郎。収集した中国近代絵画約1千点は須磨コレクションとして京都国立博物館に収められており、斉白石作品も30~40点あるという。
日本画の竹内栖鳳は北京で面会して印章を刻してもらった。白樺派の武者小路実篤も印章をもらい、戦後に斉白石について評論を書いた。
さらに、斉白石は作品が高値のことから中国で「中国のピカソ」とも言われるが、当のピカソは斉白石の「平和の鳩(はと)」などを称賛したという。
斉白石に対する敬意と愛情がにじむ呉さんの話を、参加者らは熱心に聞き、作品に見入った。
トークを終えた呉さんは「現在、中国美術展の開催はハードルが高い状況ですが、素晴らしい作品がたくさん来日したことで、若い人を含め多くのお客さんが来てくれたようです。これを機に、中国美術への関心を持ってもらえるとうれしい」と話した。
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東京では12月25日まで、京都は来年1月30日から
「中国近代絵画の巨匠 斉白石」(朝日新聞社など主催)は12月25日[火]まで、上野の東京国立博物館東洋館。11月25日[日]までの前期と27日[火]からの後期で展示替えがある。午前9時30分~午後5時。金・土曜は午後9時まで。月曜休館(12月24日[月][休]は開館)。
一般620円、大学生410円、70歳以上と18歳未満、高校生以下は無料。12月23日[日]~25日[火]は無料。問い合わせは、ハローダイヤル03・5777・8600。
京都国立博物館では来年1月30日~3月17日に開催される予定。須磨コレクションに含まれる作品も関連展示される。(曺喜郁)