7月6日に開幕した夏の高校野球福岡大会のシード校、星琳(北九州市八幡西区)は、部活動に調理実習を採り入れている。部員らが献立作りから食材集め、調理に至るまで全てこなす「食トレ」は、野球に対する意識の変化や野球技術の向上にもつながっている。
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「いただきますっ」
6月27日夕、同区にある星琳野球部の寮で、寮生24人が両手を合わせた。この日のメニューはギョーザやエビチリといったおかずと、大きめの茶わんに盛った白米、それに中華スープ。部員らは箸を休めることなく口に運んだ。白米をおかわりしようと、大きな炊飯器を前に列を作った。
楽しそうな夕飯の光景だが、かつては食べる量の多さにつらそうな表情を見せていた。飯田信吾監督(44)は、体を大きくするためとはいえ、そんな姿に疑問を感じていた。「食事もトレーニングのひとつなのだろうが、その時間が苦痛になってはいけない」
そこで考えたのが、食べる側から作る側へと目線を変えることだった。「料理が当然のように目の前に用意されると思っている節があった。手間暇がかかることを知ることで食の大切さがわかるだろうし、自ら作った食事が、体を作る過程にどう反映するのか、感じ取ることができるのではないか」
調理実習は2017年冬から始まった。飯田監督は1カ月かけて栄養学の本を約40冊読みあさり、その内容をまとめて講義。部員は主菜や副菜、汁物、デザートといったメニューを考え、カロリー計算もした。予算は1人600円。どんな食材がそろうか、スーパーの下見も欠かさなかった。こうした準備に1週間かけ、いよいよ調理実習へ。
5人1組になって始まった実習だったが、作り方がわからなくなってスマートフォンのアプリで手順を確認しながら、チキン南蛮や唐揚げ、ハンバーグ、チーズハットグなどを完成させた。「おいしいねぇ」。互いに作った料理を少しずつ分け与えながら、部員らが顔を見合わせた。
主将の原田大樹君(3年)は「栄養バランスを考えながら作るのが難しくて、ご飯を作ってもらえるありがたみがわかった」と振り返る。
それ以来、部員らの食に対する姿勢が変わった。以前は苦しそうな表情で1時間以上も食事の席に着く部員がいた。だが、食材の栄養素を気にしながら食べると、体力作りへの意識が高まり、箸が進むようになった。茶わん3杯のご飯とおかずをあっという間に完食するという。おにぎりを作ってきて、朝練習の後に食べる部員もいる。
原田君は「筋肉をつけるためにはどんな栄養素を取ればいいか、学んだ。(たんぱく質の多い)魚は身を残さず最後まで食べるようになりました」とも話す。
その結果、昨冬から今春にかけて、部員らは体重が平均で5~6キロ増えた。筋力がつき、打球の威力が増しただけでなく、肩が強くなり、走力も上がった。ベスト16に入った春の県大会と準優勝した北九州地区大会の計9試合で69得点を挙げた。底上げされた攻撃力を武器に、シード校として夏の大会に臨む。
調理実習をきっかけに料理人をめざすことに決めた部員もいる。藤垣龍己君(3年)は元々料理に興味があったが、大学に進学しようとも考えていた。「他の部員から頼りにされたことで自信になったし、おいしそうに食べるみんなの顔が忘れられない。こういう仕事をしたいと思った」という。
長男が駒大苫小牧(南北海道)野球部員だった関東学院大の菅洋子准教授(スポーツ栄養学)は「高校野球では、食べることの意味や必要性を理解しないまま量だけの摂取を強いられているケースが多い。作り手のことを考えたり、料理の楽しさを知ったりすることは、食べることに自主性を持たせ、体を作る自覚につながったのではないか」と話す。(布田一樹)